宇宙の運命 - osaka...
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阪大物理学オナーセミナー (担当:久野、長島):Note 7 平成 19年 12月 6日
7 宇宙の運命
7.1 ロバートソン・ウォーカー計量と宇宙の幾何学
現代宇宙論は、1922年にフリードマンが一般相対論方程式の中に膨張宇宙解を見つけ、1929年にハッブルが銀河
の赤方遷移を発見して膨張宇宙の観測的証拠を提供した時に始まる。次いで 1947年にはガモフが火の玉宇宙論を
提唱し、1965年のペンジャス・ウィルソンによる宇宙背景マイクロ波の発見により定説として確立した。た
だし、宇宙の組成やインフレーションを含めた標準宇宙論が確立したのはつい最近で、WMAP衛星の観測結果が
発表された 2003年として良いであろう。
宇宙原理 宇宙論の基本は、宇宙原理とアインシュタインの一般相対性理論である。宇宙原理とは”宇宙空間は一
様等方である。” と言う仮定である。時間を含めた4次元的に拡張するといわゆる定常宇宙論となるが、これは観
測により否定される。
宇宙原理の観測的証拠は
1. 銀河分布は、> 100Mpc以上のスケールで平均すれば一様である。
2. 背景輻射のゆらぎは、全天に亘り 10−5程度である。
3. 電波源の数分布、X線背景輻射分布など
宇宙原理を仮定すると
1. ロバートソン・ウォーカーの計量が導ける。
ds2 = c2dt2−a(t)2[
dr2
1−kr2 + r2(dθ2 +sin2 θdφ2)]
(1)
a(t)は時間と共に膨張する宇宙のスケールを表す因子で、長さの次元を持つ。(r, θ, φ)は、スケールによらない静止宇宙での無次元の座標で共動座標と呼ばれる*1) 。宇宙を議論するときは、まず宇宙が静止している
ものとして共動座標系で計算すれば、宇宙膨張の効果は共同座標での値に a(t)をかけて得ることができる。
2. ハッブルの法則が導ける。
v= H0dz :vは距離 dzにある銀河の後退速度。H0 = H(0) H(t) = a(t)/a(t)はハッブルの定数。
赤方遷移 ここで、
dη(t) =dt
a(t), ℓ(r) =
Z r
0
dr√1−kr2
(2)
を定義する。ηは共形時間 (conformal time)、ℓ(r)は原点 (地球)から r地点までの固有距離と呼ばれる量である。共
動座標系での長さ、光の経路長 (測地線)でもある。光の行路は ds2 = 0で与えられるから、
cη(t0)−η(t) = ℓ(r) (3)
共動座標 r = r から時刻 t ∼ t +δt に発射された光を、r = 0で時刻 t0 ∼ t0 +δt0に受け取ったとすれば、(3)の右辺
は時刻によらないから、
δη(t0) = δη(t) ⇒ δt0a(t0)
=δt
a(t)(4)
* 1) 共動座標に長さの次元を持たせた場合は、aは無次元。
1
光の波長と振動数を λと νと書き、δ t として 1/νをとれば
νa(t) = ν0a(t0) ≡ ν0a0 (5)
∴νν0
=λ0
λ= 1+z=
a0
a(t)(6)
このことは、遠方にある銀河から発せられる光は、銀河の固有速度 (peculiar velocity)を無視すれば常に赤方に
(λ0 > λ)に遷移することを意味する。すなわちハッブル法則を再現するが、その本来の意味は、上式から判るように赤方遷移 (1+z)が、光が放射された時点での宇宙のサイズ (より正確にはスケール)に反比例することを意味
する。
赤方遷移を光のドップラー遷移と解釈すれば、赤方遷移は光源の速度に比例し、v << cであれば v/cに等しい。
また a0/a(0−dt) ≃ 1+[da/dt|t=0/a(0)]dt = 1+H0dtであるから
1+vc≃ 1+H0dt → v = H0(cdt) = H0dz (7)
となって (通常の)ハッブルの法則を再現する。
宇宙の曲率 kは空間の曲率を表す*2) 。
k = +1 閉じた宇宙
k = 0 平坦宇宙
k = −1 開いた宇宙
図 1:3種類の空間構造:平坦宇宙、閉じた宇宙、開いた宇宙。3角形の内角の和はそれぞれ、=, >, < πとなる。また平行線が、それぞれ、一本だけ引ける、一本も引けない、無限個ある世界でもある (§7.8参照)。
ロバートソン・ウォーカーの計量と空間の幾何学との関係を見るには、次のように考える。一様等方な3次元ユー
クリッド空間の線素は、極座標を使えば
dℓ2 = dx2 +dy2 +dz2 = dr2 + r2[dθ2 +sin2 θdφ2] (8)
で与えられる。次に我々の住む 3次元空間 r2 = x2+y2+z2を、4次元空間 (x,y,z,u)に埋め込まれた3次元の膜 (ブ
レーン)と考える。
k= 0の時:4次元空間の計量 ds2 = du2 +dℓ2で、du=0と置けば3次元計量 dℓ2となるから、これは4次元空間
内の3次元平面を表す。* 2) r を適当にスケールした場合の値。r を現時点での実距離で表したときの k の値については、式 (13)および続く説明を参照。
2
k=+1の時:
r = sinψ と置くと、dr2
1− r2 = dψ2であるので (9a)
x = Rsinψsinθcosφ (9b)
y = Rsinψsinθsinφ (9c)
z= Rsinψcosθ (9d)
u = Rcosψ (9e)
と変換すると
dx2 +dy2 +dz2 +du2 = dR2 +R2[dψ2 +sin2 ψ(dθ2 +sin2 θdφ2)] (10a)
x2 +y2 +z2 +u2 = R2 (10b)
であるので、dR2 = 0と置けば、ロバートソン・ウォーカー計量の空間部分を再現する。これは 4次元ユークリッ
ド空間に埋め込まれた3次元球の表面を表す式であり、スケール因子 a(t)は、球面の半径 Rすなわち閉じた空間
の大きさを表すことが判る。
k=-1の場合:
r = sinhψ と置くと、dr2
1+ r2 = dψ2であるので (11a)
x = Rsinhψsinθcosφ (11b)
y = Rsinhψsinθsinφ (11c)
z= Rsinhψcosθ (11d)
u = Rcoshψ (11e)
と変換すると
dx2 +dy2 +dz2−du2 = −dR2 +R2[dψ2 +sin2 ψ(dθ2 +sin2 θdφ2)] (12a)
u2−x2−y2−z2 = R2 (12b)
であるので、ロバートソン・ウォーカー計量はミンコフスキー型の計量を持つ 4次元空間に埋め込まれた 3次元
回転双曲面を表すことが判る。すなわち空間は開いている。
曲率はどのスケールで姿を現すか k = ±1,0とした場合の rの最大値は 1であり、空間の次元と大きさはスケー
ル因子 aに含まれることは留意しておくべきである。直観的に理解し易いように、rを現時点での空間での長さを
表す極座標とみなすと、a0 = a(0) = 1となる。この時の kの値を見るため、スケール因子から Rを分離してまず
a(t) = a′(t)R, a′(0) = 1、Rr = r ′ と変換し改めて a’を a、r’ を rと書くとロバートソン・ウォーカー計量は
ds2 = c2dt2−a2(t)[
dr2
1−kr2 + r2(dθ2 +sin2 θdφ2)]
a(0) = R (13)
⇒ c2dt2−a2(t)[
dr2
1−k(r2/R2)+ r2(dθ2 +sin2 θdφ2)
]a(0) = 1 (14)
a0 = 1とした場合は曲率の値は k/R2であり、k=0は R→ ∞に相当することが判る。慣例上 a0 = 1ととる事が多
いが、k = ±1, 0と書いている場合は a0 , 1であるので注意を要する。曲がった空間を平坦空間で近似した場合、
曲率による補正項は、r/R∼ O(1)すなわち宇宙スケールの距離や構造を問題にするとき始めて無視できなくなる。Rの値は後述の式 (31)から、R∼ c/H0 & 140億光年程度もしくはそれ以上である。
3
7.2 宇宙発展方程式
”一様等方な宇宙”の発展を決める変数は、G, k, Λを与えられた定数とすれば、a(t), ρ, pの 3つであり、それを解
く方程式は次の3式で与えられる。
H2 =8π3c2 Gρ− kc2
a2 +Λc2
3フリードマン方程式 (15)
aa
= −4πG3c2 (ρ+3P)+
Λc2
3宇宙加速の式 (16)
P = wρ, w =
1/3 輻射
0 物質 *3)
−1 宇宙項
熱力学状態方程式 (17)
Gは重力定数、ρ = ρM +ρr は物質と輻射のエネルギー密度、Pは圧力で、Λは宇宙項と呼ばれる。このうちフリードマン方程式と宇宙加速の式は、ロバートソン・ウォーカー計量を使って一般相対論方程式
Rµν −12
Rgµν −Λgµν =8πGc3 Tµν (18)
を完全流体に適用することにより導ける。宇宙加速の式はニュートンの万有引力の式の拡張となっている。書き
換えるとd2adt2
= −GMa2 , M =
1c2
(ρ+3P− Λc4
4πG
)4π3
a3 (19)
括弧内第 1項 ρ/c2が質量密度でニュートンの万有引力を表す。一般相対論では圧力も重力に寄与すること、そし
て宇宙項=斥力 (反重力)をも含むことが判る。なお、宇宙項は歴史上有名であり、斥力を表すことが一目瞭然なの
でここでは元の記法で記したが、状況に応じて
ρΛ ≡ Λc2
8πG(20)
で定義される真空エネルギー密度を導入し、エネルギー密度 ρを、物質エネルギー密度 ρmと輻射エネルギー密度
ρr の和とすれば
ρ = ρm+ρr +ρΛ (21)
と書ける。真空エネルギーは負の圧力 (P = −ρΛ)を持つので、真空エネルギー密度項は、宇宙項 Λと同じ寄与を与える。この他によく使う式として熱力学の第1法則
d(ρV)+ pdV = 0 (22)
があるが、上の3式と独立ではなく、フリードマン方程式と加速の式から導くこともできる。
演習問題 7.1. 真空エネルギーは負の圧力 (P = −ρΛ)を持つことを示せ。
演習問題 7.2. フリードマン方程式 (15)と熱力学第 1法則 (22)を使って、宇宙加速の式を導け。
* 3) 運動エネルギーを質量に比べて無視する。
4
エネルギー密度と温度のスケール依存性 エネルギー保存則 (22)を変形して、V ∝ a3と状態方程式 (17)を使えば
dρρ+ p
= −3da → dρρ
= −3(1+w)da (23a)
∴ ρ ∝
a−4 輻 射 (w = 1/3)
a−3 物 質 (w = 0 )
constant 宇宙項 (w = −1)
(23b)
熱的状態では ρrad ∝ T4, ρm ∝ T3であるから
T ∝1a
∝ 1+z 輻射・物質優勢時代。 (24)
すなわち、宇宙膨張に従い温度はスケールに逆比例して下がってゆく。
7.3 フリードマン方程式
フリードマン方程式は、古典的なニュートン力学の方程式と簡単な対応が付けられる。宇宙の任意の点を選び、半
図 2:任意の点を中心に半径 Rの地点にテスト粒子を置き、ニュートンの力学方程式を立てると、フリードマン方程式に類似の式が得られる。
径 Rの地点に単位質量を持つテスト粒子を置く。粒子は動径速度 vを持つとしよう。質量分布が Pを中心とした
球対称分布であるから、半径 R内の全物質質量 M = (4π/3)ρmR3による重力が粒子に働く。テスト粒子の運動方
程式は、運動エネルギーと重力エネルギーの和が全エネルギーに等しいと置いて
12
v2− 4π3
GρmR3
R= E (25)
E > 0または E < 0に応じて、テスト粒子は無限遠に遠ざかるか、やがては引き戻されるかの境目となる。膨張宇
宙では、粒子速度はハッブルの法則により v = HR、距離 Rは膨張のスケール因子 aと共動座標 rを使えば R= ar
と書けるので、上式は
H2 =8π3
Gρm+2E/r2
a2 (26)
物質エネルギーに放射エネルギーと真空エネルギーを加え 2E/r2 = −kc2と置けば、この式はフリードマン方程式
に一致する。E = 0 (k = 0)になる密度を、宇宙の臨界エネルギー密度と定義すると
ρc ≡3H2
8πG(27)
5
真空エネルギーを考えないならば、宇宙がやがて収縮か永遠に膨張し続けるかの分かれ目は、ρ ≷ ρcであるが、そ
れは同時に宇宙が閉じるか開くかの構造を持つこと (k≷ 0)と対応している。真空エネルギーが存在すると、真空エ
ネルギーの寄与は時間と共に変わらないが、物質や輻射エネルギー密度は宇宙膨張に従い減少するので 式 (23b)
参照 、いずれは真空エネルギーが優勢となり、加速膨張に転じる。現代は正にそのような時期にある。現時点での臨界エネルギー密度は
ρc = 1.88×10−29h2g/cm3 = 10.5×h2keV/cm3 ≃ (3meV)4 h = 0.71±0.1 (28)
で、1立方メートル内に数個の陽子がある程度の密度であり、現代技術では実現不可能な超高真空状態である。宇
宙論では密度をしばしば臨界密度に対する相対比で書き、Ω = ρ/ρcと表す。Ωを使ってフリードマン方程式 (15)
と加速度の式 (16)を書き換えると
Ωm+Ωr +ΩΛ = 1−Ωk, Ωk ≡− c2kH2a2 (Note: |k| = 1
R2 ) (29)
q =12
(1+3
pρ
)Ωm−ΩΛ q≡− a/a
a/a= − a
aH2 (30)
qは減衰パラメターと呼ばれる量である。上の式は任意の時間で成り立つ式であるが、これを現時点での式と見れ
ば、全ての Ωは観測量である。Ωm ≃ ΩΛ ≃ 1, Ωr ≃ 0であるので、Ωkもまた ∼ O(1)の量となる。すなわち宇宙の曲率を観測量で表す式は、(29)より
|Ωk(t = 0)| = c2
R2H20
= |1−Ωm−Ωr −ΩΛ| ≃ O(1) → R≃ cH0
= 13.8Glyr = 4.2Gpc (31)
実際の観測ではΩk = −0.011±0.012と測定されているから、上のR値は下限値である。なお、以下では特に断ら
ない限り、Ωを Ω(t = 0)の意味で使うこととする。
スケールとハッブル定数の時間依存性 フリードマン方程式
H2 =8π3c2 Gρ− kc2
a2 , ρ = ρm+ρr +ρΛ (32)
から、曲率項は∼ a−2依存性を持ち、エネルギー密度は式 (23)から ρm ∼ a−3, ρr ∼ a−4, ρΛ ∼ const.のスケール依
存性を持つ。従って現在は物質および宇宙項が優勢であるが、宇宙初期 (a→ 0)では物質項、宇宙項、曲率項はほぼ無視できて輻射優勢となる。初期宇宙は曲率の値に関係なく平坦空間となることに留意しよう。今、物質優勢、
輻射優勢、真空優勢の各時期についてスケールの時間依存性を導いておこう。物質優勢ならば ρm ∝ 1/a3なので、
H = a/aを考慮して (32)を書き直せばdadt
=A√a
→ a ∝ t2/3 (33)
輻射優勢ならば、同様にして a ∝ t1/2
真空優勢ならば、
a ∝ eHΛt , HΛ =
√8πG
3ρΛ =
√Λ3
(34)
aの時間依存性が判れば、ハッブル定数 H = a/aの時間依存性も判る。まとめると
輻射優勢時 a ∝ t1/2 H =12
1t
(35a)
物質優勢時 a ∝ t2/3 H =23
1t
(35b)
真空優勢時 a ∝ eHΛt H = HΛ =定数 (35c)
H−1をハッブル時間という。6
物質と輻射の拮抗時期 物質エネルギー密度は ρm ∼ a−3、輻射密度は ρr ∼ a−4であるから、過去にさかのぼれば
輻射優勢となる。両者が拮抗する時期 (z= zeq)の目安は、とりあえず真空エネルギー項を無視すれば、
ρm
ρr=
(ρm0
a3/a30
)(a4/a4
0
ρr0
)=
ρm0(1+z)3
ρr0(1+z)4 =Ωm
Ωr(1+z)(36a)
∴ zeq≃ 1+zeq = Ωm0ρc
ρr≃ 0.128/h2× 1.054×10−5h2GeVcm−3
0.2604× (T/2.725)4eVcm−3 ≃ 5180 (36b)
この時刻を概算すると
1+zeq =a0
aeq=
(t0teq
)2/3
⇒ teq =t0
(1+zeq)3/2=
13.8Gyr
(3300)2/3∼ 7.3万年 (37)
この時刻は宇宙の再結合 (晴れ上がり)時点、(z= 1100, t ≃ 40万年)よりほんの少し前である。
地平線 観測者に影響を及ぼすことのできる (因果関係にある)事象位置の最大半径を (粒子)地平線という。観測
可能な宇宙の最大半径と言っても良い。これは r方向に伝播する光の到達距離として与えられる。実際の距離は共
動座標系での距離にスケール因子 a(t)を掛けて得られるから、光の経路 ds2 = 0を考慮すると
dH(t) = a(t)Z r
0
dr√1−kr2
= a(t)Z t
0
cdt′
a(t ′)=
2ct = cH−1 輻射優勢
3ct = 2H−1 物質優勢(38)
輻射優勢時期はごく初期、時間にして∼10万年までであるから、宇宙年齢の大部分は物質優勢であったとすれば、
現在の地平線の大きさは宇宙年齢に光速をかけた量のほぼ3倍の距離となる。
7.4 宇宙の曲率決定
空間の曲率を決める原理図を図 3に示す。3角測量を行い、3角形の内角の和が 180°より大きいか小さいかで判
断する。曲面の幾何学の大家ガウスはドイツの3つの山で3角測量をして、地球空間の曲率を決めようとしたが、
距離が小さすぎてユークリッド幾何学からの差は見ることができなかった。現代の3角測量は、Dとして晴れ上
がり当時の (音波)地平線 (∼ 40万光年)、Lとして宇宙の差し渡し距離 ∼ 138億光年を使う。
図 3: (左)空間の曲率は3角測量をして内角の和が 180°より大きければ閉じた空間、小さければ開いた空間である。視差角は開いた空間であればユークリッド幾何で与えられるものより小さく、逆に閉じた空間であれば大きい。曲面の幾何学の先駆者ガウスはドイツの3つの山で3角測量をしたが、平坦空間からの差は見つけられなかった。現代の3角測量は、D として晴れ上がり当時の (音波) 地平線 (∼ 40万光年)、Lとして ∼ 138億光年を使う。(右)宇宙マイクロ波の温度ゆらぎは、音波による圧力の強弱を反映していて、TV 画面のノイズに似ている。ノイズのスペクトルを分析をすれば、TV 画面のサイズをを Dとして、λ = 2D/n,n = 1,2, · · · の波長の所に定常波ができるので強度が大きくなる。すなわち、TV のノイズ分布より TV 画面サイズが判る。同様にマイクロ波の強弱から音波地平線の大きさが判る。
7
晴れ上がり時の音波地平線は宇宙マイクロはのスペクトル分析より得られる。宇宙マイクロ波は圧力の強弱によ
り音波を発生する。宇宙マイクロ波中のフォトン・電子・バリオンのプラズマはつながれたばねのように振動し、
音速は ∼√
1/3cでほとんど光速に近い。ビッグバン以降の音波の最長到達距離を音波の地平線(=音速×宇宙時
刻)と言い、再結合時の音波の地平線長は ds = 147±4(Ωmh2/0.13)−0.25(Ωbh2/0.024)−0.08Mpcと計算できる*4) 。
この長さを地球上から眺めて視角を測定すれば、再結合時点に発せられた宇宙マイクロ波の地球へ至る経路も既
知であり、dA = 13.7±0.4Gpcと与えられるので、視角を測定してユークリッド幾何学公式からのずれを見れば、
宇宙の曲率を定めることができる。
θA =ds
dA=
147Mpc13.7Gpc
≃ 0.011= 0.63 (39)
音波は (音波)地平線の長さを Dとして、λ = 2D,2D/2,2D/3· · · の波長の所に強い山を持つので、ノイズ分布のスペクトル解析をすれば D (より正確には視角 θA)が判る。これは、TVの箱の大きさを知らなくても、TV画面のノ
イズ分布解析より TV画面サイズが判るのに似ている。スペクトル分布を調和関数で展開したときの次数 ℓは大体
見込み角 θA ∼ 180/(ℓ+1)に対応する*5) 。上記の音波地平線の見込み角∼ 0.63は ℓ ∼ 280に相当し、観測 (図 4
右)と合っている。すなわち平坦宇宙の幾何学が成立している。WMAPの詳しい観測値からは
Ωk = −0.01±0.012 (40)
と決められた。
図 4: (左)空間の曲率により観測されるノイズ分布が変わる。BOOMERANGによる観測は平坦宇宙であることを示している。(右) WMAP 観測の宇宙背景輻射強度を調和関数展開した強度分布。調和関数の次数 ℓ は、見込み角 θA と θ ≃ 180/ℓ の関係にある。最初の山の位置 ℓ ∼ 200が音波の地平線サイズを表すので、理論値と比較して宇宙の曲率が決められる。
7.5 宇宙の時間発展
宇宙の時間発展はフリードマン方程式に従うが、曲率やエネルギー密度の値により様々な形態がある。ここでは、
曲率や密度を自由なパラメターとしていろいろ変えた時、時間発展の様子がどのように変わるかを概観する。ビッ
グバンの無い解もある。フリードマン方程式
H2 =(
aa
)2
=8πG
3ρ− k
a2 (41)
* 4) 現時点での大きさ。再結合時の大きさは zdc = 1100で割る。* 5) ルジャンドル関数で展開した場合、ℓ 次のルジャンドル関数は ℓ 個のゼロ点を持つので、0≤ θ ≤ π を ℓ+1分割した時の成分を取り出して見ていることになる。
8
を変形し、物質、輻射、真空エネルギーのスケール依存性 (後述)を明示し、ρc = 3H20/8πG, ΩΛ = −k/a2
0H20 を使
うと1
a20H2
0
(dadt
)2
+U(a) = Ωk, U(a) = −
[Ωm
(a0
a
)+Ωr
(a0
a
)2+ΩΛ
(aa0
)2]
(42)
変数 dτ = H0dtを定義し、現時点のスケール a0 = 1と置けば、宇宙の振る舞いは 1次元ポテンシャル内の質点運
動に還元される。 (dadτ
)2
+U(a) = Ωk, U(a) = −Ωm
a− Ω
a2 −ΩΛa2, Ωk = 1−Ωm−ΩΛ (43)
図 5:宇宙項があるときのポテンシャルとスケール進行図。左図は ΩΛ < 0の場合で再収縮になる。右図は、ΩΛ ≥ 0の場合で状況により異なる。観測では、Ωk = 0, ΩΛ > 0であるので、aは減速膨張から加速膨張に転じじ、現在加速膨張中である。すなわち a0 = 1 > as
宇宙項が負 (ΩΛ < 0)の場合、ポテンシャルは a→ ∞で正であるから、a = 0から出発しても必ずポテンシャルの
壁にぶつかり、再収縮する (図 5左図)。宇宙項がゼロの場合 (ΩΛ = 0)、a→ ∞でU → 0であるから、k >≤ 0に
より、宇宙は再収縮または永遠膨張となる。この場合は、宇宙の幾何学と再収縮もしくは永遠膨張が 1:1に対応す
る。また、膨張は常に減速膨張である (図 5右図)。
宇宙項がありかつ正の場合 (ΩΛ > 0)、a→ 0,∞でポテンシャルは −∞であるから、次の三つのケースが考えられる。a = asでポテンシャルが最高値U = Usをとるものとしよう (図 5右図)。
1. Ωk > Usの場合: k ≤ 0または負であっても Ωk > Usを充たす場合である。膨張速度 a > 0は常に正であ
るので、永遠に膨張を続ける。さらに a > asであれば加速膨張である。
2. Ωk < Usの場合: 二つのケースが可能である。U = 1−Ωm−ΩΛの二つの解に対応するΩΛの値を λ1 > λ2
とする。一つは a = ∞から収縮して再び膨張に転じる場合で (ΩΛ > λ1)、ビッグバンはない。他は a = 0か
ら膨張を始めやがては収縮に向かう解である (ΩΛ < λ2)。膨張時は減速膨張である。
3. Ωk = Usの場合。この場合は三つのケースが考えられる。
(a) a = 0から出発して a→ asで膨張が止まるケース。asに到達するには無限の時間が掛かる。
(b) a = asから出発して永遠に膨張を続けるケース
(c) a = asにとどまるケース。
(c)がアインシュタインの定常解である。Ωk = Us < 0であるので、宇宙は 4次元空間に埋め込まれた3次元
9
図 6: (左)図は宇宙スケールの進行図で、観測宇宙は始め減速膨張で現在は加速膨張である (E-L線)。(右)宇宙発展状況の変化を、ΩΛ −Ωm平面に記す。観測値は Ωm ∼ 0.25, ΩΛ ∼ 0.75, Ωk ∼ 0にある。
球であり、閉じた宇宙である。宇宙項を導入する動機となった解であるが不安定解である。ただし、a < as
でも aが十分に asに近ければ、見かけ上定常宇宙に近くなる。現在は a = 1地点に居るから、定常解は
ΩΛ = Ωr0 +Ωm0/2を充たすときのみ成立する。
現在は、Ωk = 0かつ加速膨張期にあることが観測されているから、静的宇宙は解ではあり得ない。Ωr = 0と置く
近似で解いてみると、as = (Ωm/2ΩΛ)1/3 < 16となる。物質優勢宇宙では a ∝ t2/3であるから
1as
= 1+zs =(
t0ts
)2/3
, ⇒ ts = t0
√Ωm
2ΩΛ≃ 137×0.42= 57.4億年もしくは zs = 0.79 (44)
つまり、宇宙はごく最近減速膨張から加速膨張へ転じたばかりなのである。
7.6 宇宙の終焉
一昔前の標準見解では、宇宙の曲率と宇宙の運命とは密接に結びついていた。宇宙項がないモデルでは、宇宙物
質量が臨界密度を超えていれば、それは閉じた宇宙であり、同時に物質の重力が膨張エネルギーに勝ってやがては
収縮する宇宙である。物質量が臨界密度以下ならば、それは開いた宇宙であり、同時に物質の重力が膨張エネル
ギーに勝てず永遠に膨張し続ける。しかし、膨張速度はやがて一定となり、等速膨張となる。物質量がちょうど臨
界密度に一致すれば、宇宙はやはり開いているが、物質による重力と膨張エネルギーが釣り合うので膨張速度が
次第にゼロに近づく。
加速膨張の発見は、宇宙の終焉に関する見通しを完全に変えた。加速膨張のもとでは、質量ゆらぎは成長でき
ず現在の宇宙構造がこれ以上発展することはなく、現時点で製作した銀河地図は未来にわたってそのまま保たれ
る。もし、加速膨張が真空エネルギー (宇宙項)によるものならば、加速は永続しやがては指数関数的膨張となる。
加速膨張下では地平線は拡がらずに縮まる。これは地平線の果ての少し内側の領域を考えてみればよい。地平線10
は光速の一定速度で拡がりつつある。その少し内側では膨張速度が光速よりやや小さいが、加速膨張であるから
しばらくすれば光速を越えるので地平線を追い越し、結果として地平線は内側に縮むのである。ただし、これは
膨張に相対的な話であって地平線そのものの大きさは ∼ ctで拡がってゆく。この結果、見えていた遠くの銀河は
次々と地平線の彼方に消え去るので、1000億年もすると見渡すかぎりの宇宙には、今は近傍にいる数個の銀河し
か残らない (図 7)。宇宙の終末は寂しく、しかも (文字通りの意味で)暗い。もっとも 50億年先には、天の川銀河
はアンドロメダと衝突して混沌としていよう。ただし、銀河は十分大きく星の分布密度は小さいので、星同志が
衝突する心配はする必要がない。
図 7:寂しき宇宙の終末。上段は減速膨張で地平線 (赤い球面) は参照面 (青い球面) より速い速度で拡がってゆくので、見える銀河の数は増え続ける。下段は加速膨張で参照面は地平線より速く拡がり、見える銀河 (地平線内の銀河)の数は減少してゆく。1000億年後には、広い宇宙に近傍の銀河数個しか残らない。
しかし、暗黒エネルギーの正体まだ解明されていない。もし、加速膨張の原因がスカラー場であるならば、い
ずれはポテンシャルの底に落ち着く。もし、このポテンシャルの最低値がゼロであるならば、宇宙は再び物質優勢
に戻り減速膨張に転じる。もし、ポテンシャルの最低値がマイナスであるならば、これは負の宇宙項に相当する
から、いずれは物質エネルギーとポテンシャルエネルギーが相殺し収縮に転じることになる。最低値が正値であ
るならばどんなに小さい値でも加速膨張が絶えることは無く、永遠に膨張し続ける。宇宙の行く末は暗黒エネル
ギーの解明にかかっているのである。
************ 補 遺 ************
7.7 補遺1:真空エネルギーが負の圧力を持つことの証明
証明 7.1: 真空が断面積 S、体積 V の管の中に閉じ込められているとしよう。エネルギーは E = ρVV で与えられ
る。ここで、力 Fを管壁に加えて、∆x動かした場合のエネルギー増加は、∆E = ρV∆xSとなる (図を参照)。従って
圧力 Pは
P =FS
= −∆E∆x
= −ρV (45)
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図 8:真空エネルギーは負の圧力を持つ。
証明 2: 熱力学第 1法則から、外部と熱のやりとりがなければ、内部エネルギーは外に仕事をした分だけ減る。
dU = −pdV, U = ρV ⇒ dρdV
= −(ρ+ p) (46)
真空エネルギー密度は体積が増えても変わらないから左辺はゼロ。したがって p = −ρ。
7.8 補遺2:幾何学の公準と非ユークリッド幾何学
ユークリッドの幾何学原論には以下の5つの公理が挙げられている:
点と点を直線で結ぶ事ができる
線分を延長して直線にできる
一点を中心にして任意の半径の円を描く事ができる。
全ての直角は等しい (角度である)
直線が 2直線に交わり、同じ側の内角の和を 2直角より小さくするならば、この 2直線は限りなく延長され
ると、2直角より小さい角のある側において交わる。(平行線公理、第五公理)。
第五公理は「平行線の錯角は等しい」という命題 (図 9)、あるいは「一つの線上にない点を通って平行線がただ
一つ書ける」という命題とも同値である。
図 9:錯角の定義: aと y、bと x を錯角という。
演習問題 7.3. 上の公理を使って、3角形の内角の和は 180 に等しいことを証明せよ。
ユークリッド幾何学はこの5つの公理に基づいて、500あまりの定理を持つ矛盾のない閉じた数学体系となって
いる。しかし、第 5の公理は冗長に見え、不要ではないかとの疑いがもたれ、2000年に亘り第 5公理を他の公理
から導く努力が続けられた。19世紀に入り、もし第 5公理が余分であるならば、これを否定する命題をたてれば
どこかで矛盾が起きるはずという想定で追求がなされた。そしてこの最後の命題を、「無限個の平行線が書ける」
あるいは「一本も書けない」と変えても論理的に矛盾のない数学体系を作れることが、前者についてボヤイ、ロバ
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チェフスキーにより見出され、後者についてはリーマンにより見出された。ガウスもまたこのことを認識してい
た。これを非ユークリッド幾何学といい、前者は曲率が負で開いた、後者は曲率が正で閉じた空間での幾何学を
表すことが明らかにされた (図 1)。
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