四本雅人 masato yotsumoto...

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Meiji University Title �-�- Author(s) �,Citation Informatics, 3(1): 47-58 URL http://hdl.handle.net/10291/13449 Rights Issue Date 2009-10-30 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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Page 1: 四本雅人 Masato YOTSUMOTO 関東学院大学経済学部る。(3)社会的存在としての企業が行為する場合のチェ ック機能を手続きとして定式化,確認しておく必要が

Meiji University

 

Title企業倫理と高信頼性組織-社会から信頼される企業へ

向けて-

Author(s) 四本,雅人

Citation Informatics, 3(1): 47-58

URL http://hdl.handle.net/10291/13449

Rights

Issue Date 2009-10-30

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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                   灘 文π企美1稔理ま蕩獄衡儲綴一を会から翻さ’轟る塗業へ/酬プで一

             企業倫理と高信頼陶組織

          一社会から信頼される企業へ向けて一

Business Ethics and High Reliability Organization:T()ward a Socially Trusted Corporation

        四本雅人

     Masato YOTSUMOTO     関東学院大学経済学部

CoUege of Economics, Kanto GakUin University

R㏄eived:August l 7,2009 Accql)ted : September 242009

Synopsis:Corporate misconductS and business scandalS have never stOpped and even proliferated il the last two decades. The

Japanese con耳)anies are ofterl accused in terms ofbus血ess ethics and Co4)orate S㏄ial Re環)onsibility・S血ce the hltroduc廿on

of望he Japanese veIsion of Safbanes-Oxley Acちthe institUtional aS{)ectS of corporate compliance and internal contU)l have

being put j煎)place. However,止ere iS liUle argument about shaping ethical organizations. This anicle is in重ended to reSpond tO

it with High Rehability Olganization(HRO)出oory The HRO thθory has provided an important pelspec廿ve tO prevent

accidents and respond to corporate s(nndals. Although most of traditional HRO thθories f()cus on the aspect of organiZational

op㎝廿ons, it does not promote enough algument about the aspect重hat◎onnectS business With society. lh order tO explore the

issues of business ethics wilh improvement of the HRO thθoり~血iS paper articUlates that it is necessary tO create a socially

tmsted◎orporation.

KEY WORDS:Business E面cs, High Rehabih取()rgan zZatiog Org血tiona1 Culture

1.はじめに

 毎日,呆れるほどに数多くの企業不祥事のニュース

が我々の耳に入ってくる。かつて,私的致富手段だっ

た企業は社会的制度となり,その企業権力および影響

力の増大とともに,企業の倫理的問題はまさに社会問

題と直結するようになった。例えば,度重なる産地偽

装や賞味期限のラベル偽装事件は食の安全に対する

我々の信頼を揺るがし,三菱自動車・ふそうトラック

バスのリコール隠蔽事件やJR西日本脱線事故は交通

手段の安全神話を崩壊させた。また,マンション耐震

偽装事件は,我々の住への安心感を根底から覆すこと

になった。企業倫理の問題は,企業および経営学が早

急に取り組まなければならない課題となっている。本

稿では,こうした企業不祥事をなくしていくための2

つのアプローチ:コーポレート・ガバナンスと企業倫

理の(組織内)制度化の有効性と限界を示し,より実

践的な組織論的アプローチ:高信頼性組織研究がこの

企業倫理の問題でどのように位置づけられるのかを検

討していく。

2.企業倫理の制度的取り組み

(1)コ・一・一・ポレート・ガバナンスの問題

 企業不祥事による企業への社会的な不信に対し,政

府ならびに企業や経済団体は,積極的な取り組みを展

開してきている。その代表的なものとして,米国のS

OX法に倣って導入された日本版SOX法や,新会社

法の施行が挙げられよう。特に新会社法においては,

多くの企業不祥事が経営者の独断専行,すなわち,ワ

ンマン経営による弊害によって起きていたことを抑制

することを狙いの1つとしている。企業の最高意思決

定者は経営のトップ・社長である。経営者が最終的に

どのような意思決定を下すかは,経営者個人の価値観

を反映することが多くなる。例えば,激しい企業間競

争によって,売上げや利益に固執する業績至上主義に

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走るようになれば,会社の不利益となることには目を

っぶり,またときには,会社の不都合を隠蔽するよう

に従業員たちを駆り立て,組織を非倫理的な行動へと

導いてしまうこともある。経営トップ以下の役員,管

理者,一般従業員は,原則的にトップからの指揮命令

の権限関係下にある。それ故に,経営者によってくだ

された意思決定には従わなければならない。ここに不

祥事に手を染めてしまう,あるいは手を染めざるを得

ない状況が生まれる。ここには,現代企業における制

度上の問題が孕まされている。すなわち,経営者のチ

ェック&コントロールが機能していないということで

ある。まず,なによりも取締役会が形骸1ヒしてしまっ

ていることが挙げられよう。本来,取締役会には,経

営者に対する善管注意義務や忠実義務があるのだが,

それがほとんど機能することなく,取締役会が本来の

任務を果たさずに形だけの制度となってしまっている

のである。同様に,監査役制度も機能不全を起こして

いる。監査役には,業務監査と会計監査が課されてお

り,監査報告書の作成が義務付けられている。ところ

が,昨今の多くの企業不祥事にみられるように,不正

経理や会計帳簿の改窟が相次ぎ,監査役の役割,あり

方が問われてきたのである。本来,株式会社制度では,

株主総会が取締役と監査役の選任を行い,取締役会が

最高経営責任者である社長を選任し,また,取締役会

と監査役には社長を監督する義務があったはずである。

しかしながら,現状では,株主総会はもはや形骸化し,

社長が取締役と監査役を選任・監督するようになって

しまっている。社長に対し,監督もとい物言いをでき

るのは,主要取引銀行と大株主だけとなってしまって

いたのである。

 こうしたコーポレート・ガバナンスの問題に対し,

新会社法では,委員会設置会社の導入が促されるよう

になった(しかし,義務付けられているわけではない)。

経営の合理化と適正化を目的とし,企業の経営を監督

し,意思決定を行う取締役会と,実際の業務執行を行

う執行役が分離された。そして,取締役会のなかに指

名委員会・監査委員会・報酬委員会の3委員会を設置

し,各委員会を構成する取締役の過半数を社外取締役

によって占めなければならなくなった。また,これま

での監査役会に代わり,独立した会計監査人を設置す

ることが求められるようになった。こうした新会社法

でみられる動きには,ワンマン経営や経営者への権限

の一極集中を抑制する狙いがある。なによりも,これ

までは経営者が人事権を実質的に掌握していたがため

に,取締役も監査役も経営者のイエスマンにならざる

を得なかったが,監査機能の独立性を高めることで,

経営者の独断専行に歯止めが利くようになったのであ

る。

 こうした日本におけるコーポレート・ガバナンスの

問題への取り組みは,その発端となった企業不祥事に

対し,それを牽制する法的強化,そして,企業自身に

よる制度改革の試みとして,一定の評価はできるだろ

う。しかしながら,これらのコーポレート・ガバナン

スの新たな取り組みは,経営者を含めたマネジメント

をチェック&コントロールするものでしかなく,企業

不祥事を本質的になくしていくような仕組みとしては

不十分であろう。なぜなら,企業不祥事は経営者の独

断専行のみによって起こるわけではないからである。

マネジメント層だけではなく,企業が組織として,不

祥事をなくしていくような仕組み作りが必要となる。

それが,企業倫理の(組織内)制度化である。

(2)企業倫理の制度化の目的

 企業倫理の制度化が求められる理由について,梅津

(2002)は,次の3点を挙げているL):(1)企業が組織全

体として倫理に取り組まない限り,組織内部の個人が

倫理的であろうとしても,そうした個人の努力には限

界がある。(2)組織としての企業が自らを倫理的主体と

して考えるために,その行為目的,意思決定,行為執

行,行為自覚,責任分担等を明確にしておく必要があ

る。(3)社会的存在としての企業が行為する場合のチェ

ック機能を手続きとして定式化,確認しておく必要が

あり,そのためには企業が倫理プログラムを内部に構

築するだけでなく,外部に公開し,旗印を鮮明にして

おく必要がある。

 倫理的主体としての組織の具体的な制度作りが一方

にあり,他方,社会的存在としての企業のあり方を広

く社会へ明示することが企業倫理の制度化の目的と言

えるだろう。こうした企業倫理の制度化の「中核」と

なるのが,倫理綱領や企業行動憲章である。それは,

企業の経営理念に準拠し,関係する様々な法令や諸規

則,さらには社会規範などを考慮して制定される。組

織の構成員には行動基準やガイドラインとして機能し,

社会にはその企業がいかなる存在であり,また,どの

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ように倫理への取り組みを行っているのかを表明する

ことになる。それは同時に,企業が社会や顧客,株主,

従業員,取引企業などのステークホルダーに対し,倫

理綱領を策定する過程を通して,自社の使命や姿勢,

責務についての具体的な検討を行うことにもなる。従

って,企業が様々な企業活動を展開していく上での方

針や指針といったものがより鮮明な形で明確になる。

また,企業は,倫理綱領に基づき,あらゆるレベルの

組織構成員に対して,倫理プログラムに則った教育や

研修を行い,共通の価値判断基準を周知徹底させるこ

とができるようになる。その結果,組織の構成員たち

は,対応に悩む案件に直面した場合に,倫理綱領を判

断基準として参照することによって,齢甑や社内

規則違反,あるいは反社会的行為とならないような適

切な判断を下せるようになるのである。

(3)企業倫理の制度化への取り組み

 業界団体の動きを見ると,2000年代に入り,リコー

ル隠蔽や食品偽装などの企業不祥事が相次いだことを

受け,日本経団連が,2004年に「企業行動憲章」を「企

業行動憲章一社会の信頼と共感を得るために」へと改

定し,会員企業・団体へ向けて,企業倫理確立へ向け

たより一層の自主的な取り組みを促している。

「企業は,公正な競争を通じて利潤を追求するという

経済的主体であると同時に,広く社会にとって有用な

存在でなければならない。そのため企業は,次の10原

則に基づき,国の内外を問わず,人権を尊重し,関係

齢,国際ルー一一ルおよびその精神を遵守するとともに,

社会的な良識をもって,持続可能な社会の創造に向け

て自主的に行動する。

  1.社会的に有用な製品・サービスを安全陛や個

  人情報・顧客1青報の保護に十分に配慮して開発,

  提供し,消費者・顧客の満足と信頼を獲得する。

  2.公正,透明,自由な競争ならびに適正な取引

  を行う。また,政治,行政との健全かっ正常な関

  係を保っ。

  3.株主はもとより,広く社会とのコミュニケー

  ションを行い,企業盾報を積極的かつ公正に開示

  する。

  4.従業員の多様性,人格,個性を尊重するとと

  もに,安全で働きやすい環境を確保し,ゆとりと

  豊かさを実現する。

                    講 文匹企業倫理ま局鹸齢織一彦会から簾される企美1へ句けで一

  5.環境問題への取り組みは人類共通の課題であ

  り,企業の存在と活動に必須の要件であることを

  認識し,自主的,積極的に行動する。

  6,「良き企業市民」として,積極的に社会貢献活

  動を行う。

  7.市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会

  的勢力および団体とは断固として対決する。

  8,国際的な事業活動においては,国際ノレールや

  現地の法律の遵守はもとより,現地の文化や1貫習

  を尊重し,その発展に貢献する経営を行う。

  9.経営トップは,本憲章の精神の実現が自らの

  役刮であることを認識し,率先垂範の上,社内に

  徹底するとともに,グループ企業や取引先に周知

  させる。また,社内外の声を常時把握し,実行あ

  る社内体制の整備を行うとともに,企業倫理の徹

  底を図る。

  10.本憲章に反するような事態が発生したときに

  は,経営トップ自らが問題解決にあたる姿勢を内

  外に明らかにし,原因究明,再発防止に努める。

  また,社会への迅速かつ的確な1青報の公開と説明

  責任を遂行し,権限と責任を明確にした上,自ら

  を含めた厳正な処分を行う。」

日本経団連は,この企業行動憲章の改定の後も,毎年,

御手洗会長によるメッセージとして「企業倫理徹底の

お願い」を出している。2009年9月15日付けのメッセ

ージでは,(1)事業活動全般の総点検,(2)企業倫理へ

の取り組み体制の強化,(3)不祥事が起きた場合の適切

な対応,といったことが強調され,積極的な取り組み

を促している。これは業界としての危機感の表れであ

ると言えよう。

 むろん,こうした業界団体からの働きかけが行われ

る前から,個別に企業倫理への積極的な取り組みを行

ってきている企業もある。企業倫理への取り組みやC

SR(Corporate Socia1 ReSponsibility:企業の社会的責任)

活動に早くから着手していた資生堂では,企業理念の

もとに,ステークホルダーに対してどのような行動を

取るのかを表明した「THE SHISEIDO WへY(資生堂企

業行動宣言)」を定め,さらにそれを具体化し,組織構

成員の1人1人が実践していくべき行動基準として

「THE SHISE皿X)CODE(資生堂企業倫理・行動基準)」

を定めている。このTHE SHISEH)O CODEは全6章か

ら構成され,それぞれ「お客さまとともに」「取引先と

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ともに」「株主とともに」「社員とともに」「社会ととも

に」とし,いかにして資生堂ならびに資生堂社員とし

て振る舞うかの表明がなされ,最終章「THE SHISEIDO

CODEの推進体制」では,具体的な組織作りについて

述べられている。

(4)企業倫理の制度化の実践

 一般に,企業倫理の制度化においては,倫理綱領や

倫理コードを組織内で推進させていくための体制づく

りが行われる。まず,企業倫理を専門に扱う担当部署

および担当者が設置される。それは企業倫理の専門家

たちであり,企業倫理プログラムの内部運用の中核を

なす部署で,業務として倫理基準の制定を行い,社内

の倫理教育や研修を企画・実施する。また,組織構成

員の日常の企業倫理の実践に際し,具体的に指導を行

ったり,相談に応じたりする。そのための照会・相談

ラインとして,不正行為の通告や内部告発を受け持つ

ホットラインと,これから行う行為が倫理的に問題が

ないかどうかを事前に相談する窓口となるヘルプライ

ンを設置・運用している。そして,もし,自社の倫理

綱領や関連する法令に照らし合わせて,社内のある部

門に不適切な対応がみられた場合には,倫理委員会や

経営トップに対して,その問題を提起する責任と権限

を有している。また,定期的に倫理委員会へ企業倫理

問題を報告し,監査担当の部署やコンプライアンス部

門と連絡を取って,問題への対応策を協議する。

 企業倫理委員会は,既存の常務会や取締役会とは別

に設けられ,経営倫理に関する問題の最終的な対応策

や解決策を決定する。経営者を中心に設置されること

も多いが,近年の企業不祥事の増加や企業内の倫理監

査の甘さへの指摘を受け,社外の有識者から倫理委員

会が構成されるケース,すなわち「社外の目」を重視

する企業が増えている。度重なるリコール隠蔽からト

ラックのハブ欠損により母娘の死傷事件が起き,大き

な社会問題となった三菱自動車工業では,取締役会の

諮問機関として企業倫理委員会を設置し,委員長には,

東京地検検事,東京地検特捜部,法務省刑事局,東京

地検特別捜査部長,最高検検事,最高検刑事部長を経

た後に,預金保険機構理事長を務めていた松田昇氏が

就任している。松田氏は,ロッキード事件やリクルー

ト事件の捜査にも関わった人物であり,三菱自動車工

業は,こうした厳しい社外の目をもって,指導や助言

を受けることでコンプライアンス体制を確立し,品

質・ガバナンス面の監査体制を強化しようとしている。

三菱自動車の倫理委員会は,倫理やコンプライアンス

の問題について,取締役会へ直接答申・提言を行い,

また同時に,社内の品質監査や企業文化,企業倫理遵

守体制の変革を進めるCSR推進本部へも指導や助言

を行っている。

 最後に,組織の構成員たちに対し,倫理綱領の役割

や基本項目,運営の知識を十分に理解させ,日常の業

務に反映するように教育・訓練する企業内倫理教育・

研彦がある。企業倫理プログラムの組織への定着や浸

透は,この教育・研修の成否にかかっていると言われ

ている。形式としては,全社レベルで行われる企業倫

理講演会や,入社時や管理職昇進時などの定点的倫理

研修,そして,職翻ll,課題事項別の研修などがある。

こうした企業倫理の教育・研修は,制度として確立さ

れること以上に,それがどれだけ実務と直結している

のか,内容と効果が問われることになる。

(5)企業倫理の制度化の問題点

 以上,企業倫理の制度化についての主要な取り組み

を概観してきたが,こうした制度の導入・整備面に比

べ,実際の組織での運用性・実効性の点でまだまだ成

果が上がっていない。なぜなら,そうした制度的な大

枠はマネジメントの問題として取り付けられたものに

すぎず,組織構成員たちの意識や現場レベルでの実行

性,あるいは組織の文化と通底するロジックとして不

十分なものだからである。そもそも,ガバナンス的な

企業倫理の制度化は,マネジメントをチェックするも

のであって,組織の構成員たち,特に現揚をチェック,

コントロールするものではない。企業内の倫理的制度

化についても,組織の従来の体質を変えるまでには至

らず,また,組織構成員たちの意識改革をもたらすよ

うな効果を及ぼしているようにも見えない。いまだ企

業不祥事が後を絶たないことから,形式としての企業

倫理の制度化が目的とされ,十分な実効1生が図られな

いままに安堵してしまっている企業が多いのではない

だろうか。そして,そうした企業にとって,不祥事を

起こした(不祥事が発覚した)企業が,単なる対岸の

火事にしか映ってないのが現状ではなかろうか。

 従って,従来のこうした倫理的な取り組みは「仏作

って魂入れず」(中e} 2004,四本2006)レベルのもので

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しかなく,魂の注入となるべき組織作りの議論が抜け

落ちているように思われる。それでは,倫理の制度化

ではない手掛かりは何か? 本稿では,高信頼性組織

(High ReliabMty Organization:HRO)にその可能性をみ

ていきたい。マネジメントを対象とする既存の企業倫

理論からは見ることのできない,よりオペレーティブ

な高信頼陪組織論の考え方を組み込むことで,倫理の

問題の解決にどこまで迫ることができるか,それを続

いて検討していく。

3.高信頼性組織

(1)高信頼組織研究の視点

 高信頼性組織(High Relial)ility Organization

:HRO)2)に関する研究は,エラー・失敗分析に端を発

するが,とりわけ,Perrow(1984)のノーマル・アクシ

デント理論における問題点を解決するために展開され

てきた。ノーマル・アクシデント理論では,巨大化し

た技術・組織の構造において,事故は不可避であり,

様々な要因がタイト・カップリングされた現代組織の

構造のなかでは,些細な潜在的ミスや逸脱が大事故に

繋がる可能性を常に孕んでいるとしている。すなわち,

「事故は起こるべきして起こる」と見ているわけであ

る。

 しかしながら,ある組織が頻繁に大小の事故や不祥

事を繰り返す一方で,同じような条件下にありながら,

別のある組織は極めて安全なオペレーションを成し遂

げているという現実がある。組織によって,何故に事

故の発生する頻度やその深刻さが異なるのか。事故が

不可避であると考えられる状況下において,安全なオ

ペレーション運用がなされているならば,それを可能

にしている要因は何なのか。それを明らかにしようと

したのが高信頼性組織研究である。言わば,「なぜ,事

故を起こさないのか」という問いに対する回答である。

高信頼性組織研究で取り上げられている組織状況は非

常に過酷である。「世界で最も危険な4.5エーカー」と

して知られる原子力航空母艦の甲板では以下のような

状況下で作業が行われている。

「大都市の空港がうんと小さくなって,とても混雑し

ている様子を思い浮かべて欲しい。滑走路は短いもの

が1本だけ,タラソプやゲートも1っずつしかない。

複数の飛行機を,横揺れする滑走路に普通の空港の半

                   齢 丈舩業倫理と舟顯擁綴一祉会から繍される塗業へ/酬プで一

分の間隔で同時に離着陸させるんだ。朝に発進した機

はすべてその日のうちに帰還させなければならないし,

空母の各種装備も戦闘機自体もシステムとしてギリギ

リの状態にあって,余裕などまったくない。それから,

発見されないようにレーダーのスイッチを切り,無線

に厳格な統制を課し,エンジンをかけたままの戦闘機

にその場で給油し,空中にいる敵には爆弾やロケット

弾を命中させる。海水と油ですっかり覆われた甲板に,

20歳前後の若いクルーたちを配備する。半分は飛行機

を間近で見たことのない連中だ。ああ,それからもう

1つ,死者を1人も出さないようにするんだ。」3)この

ように,不測の事態に過剰に直面し,小さなミスやト

ラブルが重大な結果に繋がる危険性を過分に孕みなが

らも,高い信頼性・安全性を維持している組織こそが,

高信頼性組織と呼ばれるものである。

(2)高信頼性組織の条件

 高信頼陀組織の特徴やそれを可能にしている条件に

ついては,論者によって様々である。この研究の源流

を形作ったRoberts(1990)から,近年,注目を浴びる契

機となったweick&Suteliff(2001)に至るまで様々なも

のが取り上げられているが,Weick&Suteliffでは,と

りわけ高信頼性組織に見られる特徴として「マインド

の高さ」が挙げられている。彼らによれば,マインド

とは「現状の予想に対する反復的チェック,最新の経

験に基づく予想の絶え間ない精緻化と差異化,前例の

ない出来事を意味づけるような新たな予想を生み出す

意志と能力,状況の示す意味合いとそれへの対処法に

対する繊細な評価,洞察力や従来の機能の改善につな

がるような新たな意味合いの発見,といったものが組

み合わさったもの」4)である。すなわち,組織メンバー

たちが自らの取り巻かれている状況に対し,注意力や

意識を高く保つことが「マインドの高さ」となる。そ

うした「マインドの高さ」を発揮し,高信頼性組織と

して維持していくために,Weick&Sutcliffは以下の5

点の組織特性が必要であると述べている。

  1)失敗から学ぶ

  HROは過去の「失敗経験」を常に脳裏に焼きつ

  けている。それらには重大なものから些細なものま

  で含まれているが,たとえ些細なものでも1つ1つ

  のことが重なって発生すれば,深刻な事態になりか

  ねないことを知っている。それ故に,どんな些細な

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ミスでも報告するように指導がなされ,ニアミス経

験をつぶさに検討して教訓を引き出すとともに,自

己満足,安全性確保に対する気の緩み,マニュアル

通りの業務処理など,成功に潜む落とし穴に対して

警戒を怠らない。

2)単純化を許さない

 活動の調整において,重要な課題とその解決のた

めの指標に集中するように単純化が図られること

が多いが,HROはより微妙な意味合いを嗅ぎ取ろ

うとするために,単純化するものを減らし,より多

くのものに目を向ける。彼らは,自分たちが直面す

る状況は複雑かっ不安定で,すべてを知り,予測す

ることは不可能であると,L得ている。そこで,でき

るだけ視野の広い場所に身を置こうとする。そして,

多様な経験を有する部門横断型の人間,常識的知識

をも疑ってかかる意欲,多様な人々が感ずるニュア

ンスを壊さず合意点を見っけ出す交渉術,といった

ものを奨励する。

3)オペレーションを重視する

 HROは不測の事態の発生に常に気を配る。この

不測の事態は,潜在的失敗一監督,欠陥の報告,安

全手順の設計,安全訓練,事前指示,確認,有害性

の特定などに関する不備のこと一から始まる。こう

した潜在的失敗の多くは,実際に起こってから気付

くものであるが,もっと早く発見することも可能で

ある。そのため,HROではオペレーションが実際

に行われる現揚に注意を払い,描かれる全体像は,

他の大部分の組織のものと比べ,戦略よりも現場の

状況を重視する傾向が強くなる。状況認識がしっか

りできていれば,過去の蓄積や拡大を防ぐための調

整を継続i的に行うことができる。予期せぬ事態が発

生しても,その事態を制御でき,隔離が可能な段階

で見っけられる。また,こうしたオペレーションを

重視することと人間関係を重視することは不可分

であり,率直な発言を封じ込めるような組織では,

そのシステムが有効に機能するために必要な知識

を手にすることはできない。

4)復旧能力を高める

 欠陥のないシステムなど存在せず,不確実な状況

にミスはつきものである。そこで,HROでは過失

を発見・抑制し,そこから立ち直る能力を開発する。

過ちを犯さないのではなく,過ちを犯しても機能マ

ヒに陥らず,それを可能とするのがHROである。

復旧能力とは,ミスの拡大防止とシステムが機能し

続けるための即興的な対応的措置の両方を行うこ

とである。これらの復旧策はともに,技術,システ

ム,人間関係,原材料などに対する深い知識を必要

とする。HROでは,豊富な経験と再編成能力を備

え,トレーニングを積んだ専門知識を持っ者を重視

する。彼らは,最悪のケースを想定して,彼らなり

のシミュレーションと訓練を行う。

5)専門知識を尊重する

 HROは多様性を重視する。なぜなら,多様性は

込み入った状況での察知能力を強化するだけでな

く,察知された複雑な状況に対する対応の幅を広げ

る効果もあるからだ。厳格なヒエラルキー型組織は,

過失に対して独特の脆弱性を持つ。上位層の過ちが

下位層の過ちと結びっく傾向が強いため,そこから

発生する問題がいっそう拡大し,全体像がっかみづ

らく,より深刻なものになりがちである。しかし,

HROでは,こうした破滅的な道を辿らないように,

意思決定を下位層に広く任せている。決定は現揚レ

ベルで行われ,権限は地位に関係なく,専門知識が

最も豊富な者に委ねられる。

 以上の5つの特1生のうち,最初の3つの特1生は予期

せぬ事態を事前に予測するためのプロセスである。失

敗経験を教訓とし,物事を単純化することなく,より

多くのものに目を向け,現場レベルのオペレーション

を重視するとともに,現場と率直なコミュニケーショ

ンを行うことで,不測の事態を防止することが可能に

なる。そして,残りの2つの特性は,不測の事態が生

じた際,それに対応し,拡大を抑制するためのプロセ

スである。普段から復旧能力を高めておき,重要な意

思決定であっても,場合によっては現場レベルに委ね

ることができるような弾力的な組織運営が望ましいと

されている。

(3)高信頼性組織の三層構造

 Weick&Suteliffの理論をさらに展開させた中西

(2007)の研究も取り上げておきたい。中西は,高信頼

悌組織の特性を組織の三層構造;表層現象としての「組

織プロセス」・中間層としての「組織マネジメント」・

最深層としての「組織文化」で理解することを提案し,

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                   話 文匹企業倫理と蕩顯艘織一祉会から簾さ抑る塗業へ/酬プで一

これらの全体を支えるものとして、Weick&Suteliffの

いう「マインド」の重要1生を説いている。

 特にマインドと組織プロセス(日常のルーティンや

様々な組織行動)の関係について,独自に展開させ,

平時においては,些細な兆候も報告する「正直さ」,多

面的に確認する「慎重さ」,現場に対する「鋭敏さ」を

もって不測の事態を予期し,万が一,事故が起こった

場合には,何をやるべきかの「機敏さ」と対応の「柔

軟さ」によって,早期に事態の収束を図ることができ

るとしている。

 また,組織iマネジメントについては,まず,失敗か

ら学ぶことを是とするための仕組み・仕掛けとしての

「評価報酬」,高信頼陪組織を運用する上で不可欠な

晴報共有」,様々なステークホルダーに対する組織の

アカウンタビリティ(説明責任)を果たすとともにコ

ンプライアンスを可能にする「内部統制」,高信頼性組

織を構成するメンバーが信頼性(ReliabMty)を獲そ号・維

持していくための「教育訓練」,そして,様々な側面で

冗長性を考慮した組織の構成原理をもち,権限を適切

なポイントにシフトすることが可能な「意思決定」が

挙げられている。最後に,高信頼酌組織の最深層を支

えるのが組織文化である。「組織体として高い信頼性を

確保していくためには,組織メンバー同士の相互信頼

はもちろん,社会との信頼関係を重視する文化が求め

られる。その信頼関係は倫理的に正しいものでなくて

はならない。したがって,高信頼陶組織は正義や公正

といったことを重視する文化を持つ。さらに,それは

固定的なものではなく,自らの失敗を含めて常に学習

していくことを志向するのが高信頼性組織である。そ

のためには,やるべきことは胸を張ってやり,やるべ

きでないことはやらないという勇気が必要である」5)

とし,高信頼性組織の組織文化は「信頼の文化」「正義

の文化」「学習の文化」「勇気の文化」から構成される

としている。

図表1.高信頼性組織の三層構造

第1層i表層)

組織プロセス 正直さ,慎重さ,鋭敏さ,

@敏さ,柔軟さ

第2層i中層)

組織マネジメント 評価報酬,情報共有,内部統制,

ウ育訓練,意思決定.

第3層i深層)

組織文化 信頼の文化,正義の文化,

w習の文化,勇気の文化

(出所)中西晶(2007)『高信頼性組織の条件』47頁

4.社会から信頼される企業としての高信頼性組織の

可能性

(1)企業と社会

 当初,高信頼性組織研究では,主にオペレーション

の正常化・事故防止という組織の問題を公共性の高い

組織,すなわち,重要インフラ組織において議論して

きた。しかし,事故防止の問題は,現場レベルの影響

に止まらず,社会的な影響・被害を及ぼすことになる。

その意味において,高信頼酌組織研究は,本質的に社

会的問題を視座に含んでいたといえるだろう。それで

は,経済的主体としての側面の強い一般営利企業にお

いて,この高信頼性組織研究のロジックは成り立っの

であろうか。そのためには,企業の社会的側面すな

わち,社会と企業という側面から高信頼性組織の意義

を問い直しておく必要があるだろう。

 そこで,まず高信頼陀組織の意義を問う前に,現代

の企業にっいて整理しておこう。そもそも企業は,財・

サービスの提供を行う市場を活動の場としてきた。組

織として環境に適応しっっ,その環境,すなわち市場

を拡大・創造することによって,現代に至る大きな発

展を遂げてきた。こうした発展は,企業の維持・存続

を図り,経済性・収益性をあげるという目的的結果の

達成によって得られたものであるが,一方で,意図せ

ざる結果としての随伴的結果である,闇の副産物を数

多く生み出してきた。その代表的なものは,環境の破

53

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54

壊や地域・コミュニティの崩壊といったことである。

その結果,近年,企業の社会的責任・社会的貢献・企

業倫理・企業市民・企業統治といったものが問われ,

また議論されるようになったのである。すなわち,現

代の企業は,これまでのような市場だけを環境とする

のではなく,地域・コミュニティを含む社会,さらに

は自然(環境)という,2っの環境に適応できなければ

ならなくなったのである。

 経営学では,こうした問題を「企業と社会(Business&

Society)」論として,論じるようになった。そこでの企

業は,単なる経済活動体ではなく,社会的制度,ある

いは社会的存在として扱われることが多いが,とりわ

け,21世紀型の企業を「社会的器官」(三戸他2006)

として捉える企業観は注目に値する。この社会的器官

とは,社会を人の身体に見立てたときに,その器官(オ

ルガン)が機能しなくなれば,社会そのものの存立が

困難になる。あるいは,その器官が機能不全となった

場合に,その影響が社会全体へ甚大なものとして及ん

でしまうことを意味する。これは,企業の起こした不

祥事が,社会へどれだけ大きなダメージを与えたのか

を考えてみれば,容易に理解できよう。

 こうした現代社会において,求められている企業像

とは,社会から不信をもたられない企業,すなわち,「社

会から信頼される企業」である。それでは「信頼」と

は何か。例えば,Shaw(1997)によれば6),信頼とは信

用(oonfidence)や信念(faith)とは区別されるものであり,

信用は特定の知識の結果として生じ,理由や事実に基

づくものであるとしている。他方,信頼とは,絶対的

な信念ではなく,部分的に信念に基づくものである。

信念は,矛盾した情報や事象に対しても全く動ずるこ

となく信じることであり,純粋な信念を持った人は,

理由を超え,たとえそれが自らの世界観と対立するも

のであっても,あらゆる事象や見方を正当化できると

している。だが,信頼は信念よりも脆くて壊れやすい

ものである。それ故に,信頼とは単なる信用以上のも

のであり,盲目的な信念以下のもとして位置づけられ

る。そして,Shawは信頼のことを「我々が依存してい

る人々が,我々の期待に応えるであろうという信念」

と定義している。

 「信頼」概念を構造的に捉えている山岸(1998)によ

れば,「信頼(Trust)」とは,相手の「能力に対する期待

としての信頼」と「意図に対する期待としての信頼」

とに区別される。前者で例を挙げるならば,原子力発

電所が24時間365日,安全かつ確実に稼働し,電力を

供給し続けることができる。地震等の災害に見舞われ

たとしても,十分な耐震の備えが出来ている。たとえ

被害が出たとしても,地域住民へ影響を及ぼすことな

く対応してくれるだろうという,社会からの信頼であ

る。後者で例を挙げるならば,企業が行う情報開示に

は嘘・偽りがなく,不正や事件性のある不祥事を起こ

さないだろうという信頼である。

(2)高信頼性紬織と能力に対する信頼

 以上から明らかなように,高信頼酌組織がもたらす

組織の信頼性(Reliability)とは,能力に対する社会から

の信頼(Trust)に応えうるものとして考えられるだろう。

高信頼性組織研究はエラー研究に端を発し,事故が単

なるヒューマンエラーによって起こるのではなく,そ

の背景としての組織的要因があることに着目した。終

着点として描かれるのは,事件・事故を起こさない組

織であり,それを可能にするために不測の事態を予測

し,万が一,予期せぬ事態が起きた場合には,高い復

旧能力と迅速かっ柔軟な意思決定によって,対応して

いこうとする。すなわち,確実なオペレーションを行

うための「能力」の精度を極限まで高めていこうとす

る論理なのである。とりわけ,こうした能力に対する

信頼が最も問われるのは,インフラに関係する組織で

あろう。高信頼性組織研究が当初,対象としていた組

織は送電所,航空管制システム,原子力航空母艦,原

子力発電所,救急医療センター等であって,事故が決

して起きてはならない,すなわち,確実かつ正常に機

能していなければならないという,能力への信頼が何

よりも求められる組織である。しかしながら,こうし

たインフラ組織だけが能力への信頼を求められるわけ

ではない。例えば,自動車メーカーは欠陥のない自動

車を生産・販売しているものだと我々は信頼している

し,万が一,リコールがあれば然るべき対応をしてく

れるものであると信頼している。ここで,高信頼性組

織の社会的意義とは,能力に対する期待としての社会

からの信頼に対し,確実に応えうるものであると言え

よう。そして,能力への信頼に応えることを可能にし

ているのは,高信頼陶組織のマインドフルな組織プロ

セスがもたらす「信頼性(Reliabhity)」なのである。

 我々は企業が能力に対する信頼に応えることを当た

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り前だと思っていた。いや,当たり前だと思っていた

が故に,企業の能力,すなわち信頼性に疑問や疑念を

もつようなことすらなかったのかもしれない。しかし

ながら,我々が当たり前だと認識していた世界が,も

はや当たり前でなくなってしまったのが,現代社会で

ある。当たり前は,それが失われて初めて,その重要

さに気付かされる。今日の多くの企業不祥事がもたら

したものは,かつての当たり前一企業の信頼性

(Reliability)への我々の壊疑であり,同時に,企業が能

力に対する社会からの信頼に応えていくことの重要さ

を教えてくれている。

 高信頼性組織研究は,社会と組織(企業)という視

点が希薄なために(むろん,事故の社会的影響は数多

く述べてあるが),こうした社会問題の解決の一役を担

う可能性を秘めているにもかかわらず,それが強調さ

れてこなかった。高信頼悌組織が提供する「信頼性」

の重要性は再認識されるべきであろう。

(3)高信頼性組織と意図に対する信頼

 一方で,意図に対する期待としての信頼に対し,高

信頼膨組織は応えうるものであろうか。中西(2007)が

高信頼性組織の特性を挙げる際に区別した三層構造の

なかで,最深層の「組i文化」が鍵となろう。中西に

よれば,高信頼陶組織には「安全文化」があり,次の

4つ:「信頼の文化」「正義の文化」「勇気の文化」「学

習の文化」から構成されるとしている。

 社会が求める安心・安全と照らし合わせれば,一見,

この「安全文化」で符合するかのように見える。だが,

組織文化論的見地からすれば,1つのユニークなロジ

ックを描くことができる。例えば,不祥事を起こした

企業でよくみられるような「会社の常識は社会の非常

識]となっている価値観の組織において,「(会社にと

っての)正義の文化」というボタンに掛け違いが起こ

れば,たちまちのうちに「信頼の文化」による組織内

の強力な内的統合が起こり(不祥事の隠蔽),常識から

外れた行動を取る「勇気」を与え(非倫理的行為),そ

れが社会に晒されることなく会社にとって利益をもた

らすこととして「学習」されれば,企業の倫理的体質

が構築されるどころか,悪化の一途を辿ることになり,

意図に対する社会からの信頼に背く企業になってしま

う。大企業がどんなに立派な経営理念を掲げていても,

不祥事を繰り返してしまい,その体質からなかなか脱

                    誘文膝業紛理ま蕩額髄綴一彦会から簾さ『拠る塗業へ句グで一

却できずにいるのは,こうした文化の逆機能性が働い

ているためである。

 もちろん,中西においても,こうした馬鹿げた正

義」の文化に端を発するロジックに走ることがないよ

うに,何をもって「正義」とするかを述べてある。「こ

こでいう正義とは,倫理と言いかえても良い」「高信頼

憎組織の概念に正義・倫理という考え方をビルトイン

しなければならない。また,お互いが倫理的であり,

正義に基づく行動ができると考えているからこそ,高

信頼性組織の信頼の文化も意味を持つのである」7)と。

 今日の企業不祥事には,悪質で社会を欺くことを目

的にしたようなものが少なくない。むしろ,企業に対

する社会の不信の多くは,ここに起因していると言っ

ても過言ではない。すなわち,意図に対する期待とし

ての信頼が,悉く覆されてきているのである。高信頼

・陪組織研究は,本質的に,こうした倫理問題の解決を

図ることを目的にしているものではないために,既存

研究において,礒や倫理までを射程に捉えたものは

少ない。それ故に,組織の信頼性(Reliability)の高さ,

不測の事態への強さというロジックにおいては,絶対

に捕まらない泥棒集団こそが高信頼性組織のお手本と

して捉えることもできてしまう。中西がこうして「正

義の文化」に着目し,倫理のビルトインを説いたこと

は,高信頼性組織研究において,大きな展開を見せた

と言えよう。しかしながら,、「正義の文化」に続くもの

が,「勇気の文化」である必要はないように思われる。

なぜなら,「勇気」には行為へ至るまでに葛藤が内在化

されているからである。同様に,勇気には躊躇が前提

とされている。倫理や正義が組織において徹底されて

いれば,そうした葛藤も躊躇ももはや存在しない。正

しい意思決定をし,正しい行為をすることの「正義の

文化」で十分なのである。

 従って,ここでは「社会的正義」や「社会的公正さ」,

あるいは近年,企業倫理論で提唱されている「誠実さ

(lntegrity)」(Pajne1997,2003)といった倫理的価値を注

入し,意図に対する期待としての社会からの信頼に応

えうるような「倫理的文化」を構築することが必要と

なる。もちろん,企業倫理の組織内制度化の中核であ

る倫理綱領も,組織の中心的な価値として位置づけら

れなければならない。しかし,「組織の誠実さ」や倫理

綱領は,組織としての表明された価値であり,また,

組織の構成員たちにとっては信奉すべき価値でしかな

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い。組織の文化が本質的に「倫理的」であるためには,

それらの倫理的価値観が,Schein(2004)がいうところの

「基本的仮定」にまで落とし込められなければならな

いのである。すなわち,倫理的であることが当然のこ

ととされる文化として確立される必要がある。そして,

Scheinが挙げた基本的仮定の諸次元でどのような仮定

をもつのかが,とりわけ重要となろう。「現実と真理の

本質」については,不祥事を起こした企業がよく「会

社の常識は社会の非常識」と言われるように,現実を

規定する見方や考え方そのものが反社会的になってい

るケースが少なくない。従って,会社の常識と社会の

常識が違わぬものでなければならない。「人間性の本

質」については,組織の構成員たちの人間性のあり方

に関する仮定となる。Scheinは善か悪かそれとも中立

的なものであるかという仮定を立てているが,倫理的

文化における人間性の本質においては,どれだけ倫理

的であるか,道徳的であるかということが問題とされ

よう。「人間的活動の本質」では,取り巻く環境との関

係のなかで,何をすることが正しいことなのかを規定

する基本的仮定が求められる。とりわけ,社会との関

係において,社会的な責任を能動的に果たしていくこ

とが当然とされるような仮定を持つものでなければな

らないだろう。最後に「人間関係の本質1については,

組織内のメンバー同士で正しい信頼関係を築き,誤っ

た行為や考え方があるならば,直ちにそれを相互に是

正していけるような仮定がなければならない。そして,

この人間関係とは単なる組織内での人間関係にとどま

らず,様々なステークホルダーとも協力・信頼関係を

構築していくことが望ましいだろう。そのためには,

組織が説明責任を果たし,社会との「対話」を絶えず

行っていくことが重要となる。

5.おわりに一社会から信頼される企業へ

 本稿の後半では,現代の企業不祥事や倫理問題に対

する高信頼陶組織の概念の有効性を検討してきた。む

ろん,高信頼性組織という考え方だけでそうした問題

全てに答えうるものではないが,次のような3層を考

えることで,仏に魂を込められた,社会から信頼され

る倫理的な組織への完成に近づくことができるように

思われる。

図表2.社会から信頼される企業の3層構造

第1層i表層)

組織マネジメント ミッション経営

Rーポレート・ガバナンス,

驪ニ倫理の組織内制度化

第2層i中層)

組織プロセス 高信頼性組織:

@正直さ,慎重さ,鋭敏さ,

@機敏さ,柔軟さ

第3層i深層)

組織文化 倫理的文化,

タ全文化

(出所)筆者作成

 まず,第1層として,組織マネジメントにおいて,

コ・一一・ポレート・ガバナンスにより,経営トップのチェ

ック&コントロールを果たす。監査機能の独立性を高

めることで,経営トップの独断専行による不正行為,

不祥事の抑制を図ることが可能になる。また,倫理綱

領をコアとする企業倫理の組織内制度化によって,コ

ンプライアンスを推進するための組織体制作りと,倫

理プログラムに則った教育・研彦によって,組織構成

員たちへの企業倫理(倫理綱領)の周知徹底が図られ

ることになる。

 しかしながら,こうした企業倫理の制度化は形式的

な側面が強く,日常の業務において,いかに不祥事や

事故を起こさないかという実効性に乏しい。そこで,

その実効性を高めるために,組織プロセスとして高信

頼膨組織論の考え方で補完する。高信頼陶組織の「マ

インドの高さ」は,組織の安全文化を醸成する。社会

からの「能力に対する期待としての信頼」はこれで担

保されることになるだろう。一方で,社会からの「意

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図に対する期待としての信頼」に応えるものとして倫

理的文化を構築しなければならない。企業の倫理綱領

が単なるお題目となることなく,その倫理的価値が組

織の構成員たちにとって当然のものであり,組織生活

の実践において反映されていくものとなる。

 最後に,こうした企業倫理の制度化,高信頼性組織,

そして,倫理的文化が何故に求められるのかというこ

とを問い直しておきたい。むろん,昨今の頻発する企

業不祥事がその直接的な原因であることには違いない。

だが,社会における企業権力,そして,企業がもたら

す影響力の計り知れない大きさ故に,その不祥事が社

会問題と化していることを看過してはならない。従っ

て,企業は社会における自らの位置づけや役割を再確

認し,その役割をミッションとして遂行していく必要

がある。高信頼悌組織として研究されてきた原子力発

電所や米国海軍,あるいは病院の緊急医療部門は,社

会の安心・安全,そして,人命にかかわる重大なミッ

ションを帯びている。今日の企業の社会への影響力を

鑑みれば,高信頼性組織や安全文化,倫理的文化は,

そうした組織のみならず,多くの企業に求められて然

るべきであろう。従って,社会的制度,社会的器官と

しての企業がいかなるミッションを確立し,組織構成

員で共有して,それを遂行していくか。それが,企業

が社会からの信頼に応えていく第一歩となるのである。

 全ての企業がこうした3層のそれぞれを実現させる

組織へと移行するのは容易ではないかもしれない。特

に,高信頼性組織の実現については,高信頼性組織研

究そのものがまだまだ展開の途上にあり,谷口(2008)

が指摘するように,一般の組織がいかに高信頼陪組織

へと移行していくのか,高信頼性「組織化」の過程を

さらに明らかにしていく必要がある。そうした移行過

程の問題は,倫理的「文化化」についても同じことが

言えるだろう。長年培われてきた文化の変革,新たな

文化の醸成には困難が伴い,容易ではない。それらに

ついてのさらなる研究が待たれるとともに,今後の課

題としたい。

[謝辞]

本稿の執筆にあたり,高橋正泰先生(明治大学),小山

嚴也先生(関東学院大学),そして,明治大学・高信頼

性組織研究プロジェクト:中西晶先生(明治大学),歌

代豊先生(明治大学),高木俊雄先生(沖縄大学),星和

樹先生(愛知産業大学),福島貞美氏(セリングビジョ

                   認 丈膝業紛理ま蕩顯儲織一彦会から鹸さ轟る企業へ/畝プで一

ン),八坂和吏氏(首都大学東京・院)から様々なアドバ

イスを頂いた。厚く御礼申し上げます。

また,平成20年度文部科学省科学研究費補助金・基盤

研究(C)「事故・不祥事を未然に防止できる組織一高信

頼性組織の条件に関する調査研究一」(課題番

号:20510146)において助成を受けた。記して調億を表

したい。

[注]

1)梅津(2002)『ビジネスの倫理学』135ページ。

2)本稿では,「信頼性」と「信頼」という用語を意図的

に使い分けている。高信頼性組織の「信頼性」とは,

事故を未然に防ぎ,確実なオペレーションを行う組織

属性としてのReliabdhtyのことである。一方で,「信頼」

は,組織に対して期待をかける相手側(社会やステー

クホルダ・一・一・)の属性としてのTtustのことである。

3)weick&suteliff(2001),邦訳35-36ページ。

4)同上書,58ページ。

5)中西(2007)『高信頼性組織の条件』48ページ。

6)Shaw(1997),邦訳21-22ページ。

7)中西(2007)前掲書,129ページ。

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